ドラキュラ国際学会見学

5月15日木曜日 ドラキュラ学会初日

鶏の鳴く声や教会の鐘の音で目覚めた。窓を開けるとすゞやかな風が入って来た。朝日がようよう差しはじめようとしている。ホテル裏側の家屋の写真を撮る。屋根の色が薄いオレンジの家並。てっぺんにピンと耳のようにアンテナみたいなのが立っている家がある。

ホテル近くのタウン・ホール(町役場)が学会の会場だ。いろんな国から集まった研究者、学者を前に町長さんがルーマニア語で挨拶。学会主催者のニコライがそれを英語に同時通訳。彼はツアー会社の経営者並びにツアー・コンダクターで、TSD(トランシルウ゛ァニアのドラキュラ協会)のプレジデントでもある。

参加者は意外に少ない。学者ばかりといった感じで10名前後。テレビ局や新聞の取材陣が何人も来ていた。

初日の目玉は、ミラー博士のSetting the Record Straight: Bram Stoker, Dracula and Transylvaniaの発表。彼女の主旨はハッキリしている。ストーカーの小説「ドラキュラ」のドラキュラ伯爵のモデルが、シギショアラ生まれのワラキア公ウ゛ラッド・ツェぺシュ(串刺し公)と言われて久しいが、これには根拠がないことを解き明かした。残忍な君主だったといえどウ゛ラッド・ツェぺシュは地元では英雄とも言える存在。それが、ストーカーのドラキュラのイメージによって、まるで吸血鬼だったとばかりに長年誤解を受けているわけ。(でも現在ではウ゛ラッド・ツェぺシュをドラキュラと重ねる事で観光業が成り立っていることもあるしなあ。ドラキュラのテーマ・パークも観光目玉としてブカレストに作られる予定になっているとか。ドラキュラのイメージは地元観光業をうるわしてもいるわけで、両者には切っても切れない縁がある。)嬉しかったのは、ブラム・ストーカーの手書きの作品ノートをオーバーヘッドで見る事ができたことだった。

夜は、学会参加者全員が町長さんに招待されてシャンペンで乾杯。ミーハーな私は町長さんと一緒に写真におさまった。

5月16日金曜日 学会二日め

本日も快晴。朝一番のスピーチは立命館大学の真下厚教授。日本の文学に現れる鬼に関しての発表を拝聴できるのを楽しみにしていたら、SARSの関係から欠席されたと知った。たいへん残念。真下教授のペーパーは読み上げられ、面白い内容だと何人もの学者がうなづきあっていた。私はウ゛ァンパイアの和訳が吸血鬼という「鬼」の文字が入っていることに興味があるので、真下教授のご意見をいつか伺いたいと思う。

ブラム・ストーカーが「ドラキュラ」執筆にあたり参考にしたエミリー・ジェラードの作品研究発表をしたドクター・ハイスの発表は、モンゴメリの追っかけをやっているので共感すること大であった。

このあと相棒Jの発表、実は彼のが一番アカデミックな内容で、聞きながら私は舟をこいでしまった。ロイター共同から派遣されてたカメラマン氏が、この日学会の様子をずーっと撮影していたのが気にかかる。あくびして、こっくりしている姿を撮られたかも...どうか巧く編集してください。参加者のみなさますみません。

参加者一同と夕食。ワインも飲んで、いっぱい食べて一人分およそ2千円ほど。物価が安いのがうれしいルーマニア〜。

5月17日土曜日 学会三日め、ボイコット

お天気最高!観光したい!というわけで今日は学会をさぼって、ひとりで街を散策。時計台の塔から階段をおりて、門を抜けてダウンタウンへ。さすがに北米風に太っている人や黒人、中国系やインド系の人たちを見かけない街シギショアラ(<--相棒Jの撮影した写真です。ポップ・アップ・ウィンドウなので閉じて戻ってきてくださいね。)

道ばたで通りすがりの男性から「こんにちは、日本人?」と声をかけられた。陽に焼けた彼の笑顔の横には奥さんらしき女性がいて、不思議そうな表情で私を見た。「え?はい、そうですよ。こんにちは」とふたりに挨拶したら、彼はにこやかに奥さんを見て、その場を歩き去った。「オレは日本語が話せるんだぜ」って奥さんに自慢したかったのかなあ。

公園のベンチに腰かけてたら、身なりの貧しいジプシーの女の子や男の子3人が、恥ずかしそうにこちらを見ている。次第に近づいてきて、でも、何も言わずに私の目前でスキップしたり、なんとなくこちらを意識してチラチラ見ている。でもなんだか気まずい思いがしたので、その場を去った。とても愛らしい顔つきの子たちだが、笑顔を返したりお金をやるのは危ないらしい。年少の子たちの集めたお金は、年長の子や親に巻き上げられるシステムになっているとか。お手玉とかあやとり、或は折り紙用の紙でも持ってくればよかったかな。

切手を買おうと郵便局へ。ドアのノブに大きな錠前がかけられていた。土曜日は営業しないらしい。

ホテルへ戻ったら、相棒が皆と夕食へ行くから一緒に、と誘ってくれた。十人以上の人たちとパティオで会食。子猫がうろついていたので魚の切り身をあげて、足もとにきたところを救い上げ、膝に抱いてなでなでした。「おお、かわいい、かわいい」とミラー博士も魚の切り身をちぎって私の方によこす。

イタリアから到着されたばかりのマッシモ博士は、思いっきり巻舌のイタリアン風英語をしゃべるので、聞いていて頭がくらくらした。別のテーブルにいた映画監督のサシャがマッシモ博士に興味をひかれたのか、こちらのテーブルへ割り込み、人さし指をつきつけて博士に質問していた。なんだか無礼な奴だなあ、と思ったけれど、膝の子猫があまりにかわいいので、そちらに気をとられて他のことは何も考えられなくなってしまった。

5月18日日曜日 学会最終日

ミラー博士が言うには、ルーマニアのホテルの朝食は、既に用意された冷たいものばかりだそうだ。事実、シギショアラホテルの朝食は、パン数種、4ー5種類のハム、数種類のチーズ、シリオ、ヨーグルト、ゆで卵、スライスされたトマト、ジャム2種、バター、果実のジュース(ピーチとオレンジ)、コーヒー、紅茶といった感じ。北米風に焼き立てベーコンとか目玉焼きとか調理されたあたたかいものは出ない。無論、特注すれば出るのだろうけど、そこまではする必要のない我々であった。

「何故かトーストされたパンは、出ないのよね〜」とミラー博士。

それを聞いたニコライ。「焼き立てのパンはトーストなんかしませんよ。古いパンだけトーストするもんだ。それに、ルーマニアの大人はシリオは食べないね。あれは子ども用。それからレストランでミルクは飲まない。ミルクは家庭で飲むものだよ。」

それでも、観光客の要望に応えて、ホテルではミルク、ヨーグルトや紅茶を出すようになったらしい。

「ここでは、紅茶はもともとハーブなどの薬用の意味があってね。どこか患っている人が飲むのがティーというわけだ。ルーマニアは1960年から観光の門戸を開いたんだが、笑い話があるんだよ。イギリスからの観光客のご婦人達が、午後のティーを所望したんだな。そうしたら、ホテルのボーイが心配顔で『お客さま、皆さん全員が、どこかお悪いんですか?』ってご婦人方に尋ねたんだ」とニコライが笑いながら語ってくれた。

学会最終日。今回のこの学会は小規模なのだが、会の進行がとにかくゆるやかなのには参った。よその国から来た者は「ルーマニア時間だから」とあきらめ気味。あるルーマニアの教授は、30分の持ち時間を大幅に超えて1時間半もしゃべっていた。内容は興味深いものだったが、その発表の長さに、聴衆は互いに顔を見合わせていた。通常、学会発表は時間厳守。長引くと警告ベルが鳴ったり、早めに話をまとめるよう進行役が口をはさむものなのに...疲れた。

マッシモ博士の発表は、第二時大戦前後のホラー・コミックに関して。お話だけだったので、実例としてのコミックの写真などヴィジュアルの資料があったらよかったのに...

閉会のあとは、ホテルで特別な会食。地元の小学生たちの素晴らしいダンスのショーがあった。ルーマニアの全国大会で優勝したこともあるチームらしく、女の子も男の子もいきいきとして、動きも軽やかで、とっても上手。衣装作りから、振り付け、タップなどのダンスの技術すべてを指導教官の女性一人がやっているそうだ。感激した我々が感謝をこめてバスケットに集めたお金を差し上げたら、予想もしてなかったことに教官は涙を流さんばかりに喜んでくださった。「このお金で今年の全国大会へ行けます。旅費が足りずに困っていたんです」というお言葉に、何か力になれて我々もとっても嬉しくなった。

学会参加者が互いに写真撮影したりして、楽しくにぎやかに会はお開きとなった。

お次はブラム・ストーカーの「ドラキュラ」関連地へ

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