はじめてのルーマニアの旅は、案内してくれたニコライのおかげで素晴らしいものとなった。ツアコン暦およそ40年のベテランのニコライは、話し方がとても丁寧。予定が大幅に狂っても、不満や怒りを表情に出すことがない。それでも時間に追われる仕事柄、ストレスがたまるようで、毎日のように大量のコーヒーとタバコをのんでいた。
ルーマニアは、まだ、公共機関や観光業自体が発達しているとは言えない御国柄。一例を挙げると、列車の切符の買い替えが大変だった。ニコライのアシスタントの男性通訳者に大いに助けてもらった。(それでも、彼と切符売りのお姉さんとの間で、切符売り場でもめにもめた。話し合いが進めば進むほど、切符の値段がつり上がってゆく!結局一等寝台車のチケットを買えたと思ったら、当日、実際に乗った列車は、寝台車ではあったものの、一等の車両は存在していなかったのであった...)
もし、ニコライたちがいなかったら、わたしみたいなボンヤリ者がぶらりと訪れるには、随分たいへんな国だったと思う。
さて、ある日、ニコライが興味深い話をしてくれた。
もう、随分昔の話だけど。ある時、日本から来たカメラマンだと言う男が現れた。あちこちを長旅してきたのか、靴はほこりまみれで、まあ、どう見てもきれいとは言えない格好の男だった。
その日本人は、私にこう言った。「ルーマニアの田舎を撮影に来た者ですが、泊まるところや車を世話して欲しい。」それで、私は観光局のボスに「日本からの客人をもてなすから、特別予算を出してくれ」と陳情して、予算をひっぱりだしたんだ。おかげで、そのカメラマンは旅を続けられて、あちらこちらを撮影して帰国したようだった。
その翌年、同じ日本人の男がやって来て、また、同じ頼み事をした。私が「あなたの撮った写真を見たい」と言うと、男は「まだ見せられるものはない。もっと田舎の風景を撮りたいから戻って来たんだ」と言う。上司は、この男のことを怪しんで、もう予算は出せないと言ったんだが、私は、何か感じるものがあって、この男は大丈夫だと信じて、彼を田舎の人たちに紹介してやったりした。普通はね、土地のものは、よそ者を受け入れたがらないものなんだ。
滞在した村で、男は、村人と共に鍬をふったりして働いていた。村の生活にすっかり溶け込んで、地元の行事にも参加するうちに、男は、どこそこの村で作られるワインがおいしいとか、私よりも田舎のことに詳しくなったようだった。そうして、暫くして日本へ戻って行った。その翌年か翌々年だったろうか、また、その男が現れた。今度は手に何やら携えて。
「ようやく、見せられるものができました」と言って、男が見せてくれたものは1冊の写真集だった。
それは、これまで見たこともないほどの、息をのむほどの美しい写真だった!被写体となった村人たちすら、おれたちは、こんなに美しいところに住んでいるのか、と感嘆するほどだった。
その後、そのカメラマンの写真展はヨーロッパ各地で開かれた。彼の写真が描き出したルーマニアの村や人々は、どこの会場でも新鮮な驚きで迎え入れられたんだ。これまで知られていなかったルーマニアの地方の自然美、素朴な人々の暮らしぶりが、多くの異国の人々に知られることになった。彼の写真のおかげで、この国の観光客が増えることになったんだなあ。