|
ノーヴァルは、1820年迄にマックナブ家の家族が移住してきたのを始めとして、昔はマックナブ村と呼ばれていましたが1847年には現在の名にかわりました。村の谷間をクレジット川が流れ、大きな製粉所の建物があり、近郊都市トロントへは当時ラディアルと呼ばれた汽車を使えば30分ほどで出かけられました。 残念ながら今やラディアルの駅の跡は残っていませんが、当時は松林を望む小高い丘のうえにあって、トロントへ講演や買い物に出かける際のモードは、駅まで長老派牧師館から歩いて出かけたものでした。 彼女はノーヴァルの松林や、末息子スチュアートが近所の子供たちと泳いだクレジット川、製粉所の明かりなどに親しみを感じていました。また、ここではリースクデール時代には望めなかった社交上の楽しみも味わうことができました。製粉工場主のバラクロー夫人との交際に知的満足を得られたのです。 モードは日記にこのように書いています。 「ノーヴァルはオンタリオ州のなかでも美しい所だといえましょう。夏はもっとすてきにちがいない。冬の季節はどんな村もにたりよったりですが。」 「ノーヴァルの牧師館は、よくデザインされて立てられている。赤茶のレンガ造り。リースクデール牧師館に比べれば台所はかなりひろくて使いやすい。」 モードはこの牧師館の2階の部屋の窓から、目前の長老派教会を、また彼方の松林を眺めながら執筆をしました。今もこの部屋には彼女が使っていたというソーイングテーブルが残っています。 ノーヴァル時代の執筆作品は、「エミリーの求めるもの」(1927)、「マリーゴールドの魔法」(1929)、「もつれた蜘蛛の巣」(1931)、「銀の森のパット」(1933)、「パットお嬢さん」(1935)、他のふたりの女性作家との共著Courageous Women <邦訳未定>(1934)等々。 |
|