Leaskdale時代(1911年9月〜1926年2月)


リースクデールの長老派教会
オンタリオ州内での夫の牧師としての最初の赴任地は、トロント北東のリースクデールという小さな農村でした。1911年にプリンスエドワード島からこの地に移るまでにモードは、「赤毛のアン」(1908), 「アンの青春」(1909), 「果樹園のセレナーデ」(1910), 「ストーリーガール」(1911)などの長編小説、及び、多数の短編小説を雑誌に発表し、既に作家としての地位 を不動のものにしていました。

モードと夫ユーアンは、赴任地であるリースクデールの村人や長老派教会信者に温かく迎えられました。リースクデールの長老派教会の向かいにある白壁の長老派教会牧師館が、彼らの新居でした。これまで、自分の城と呼べる家を持ったことのないモードにとって、この牧師館が彼女の最初の夢の家となったのです。


リースクデールの牧師館

「この牧師館は、実に可愛らしく立っている。決して理想的な家ではないけれど、私の昔の家よりはずっと住み心地よく使いやすくなることだろう。この家は田舎によくある不格好なL字型の白壁のれんが造りだ。この家に関する私の最大の失望は、屋内にお風呂もトイレもないこと。少なくともお風呂場とトイレがある家をもてるかもしれないと望んだというのに...」(1911年9月24日)

また、モードは、この村の最初の印象を日記にこう書いています。 「リースクデールはたいそう小さな、たった10軒か12軒の家があるだけなので、ここはまるで純粋な田舎といった風情です。まったく可愛らしい小さな所です。若いひとは、全くといってよいほどいません、全くです。住民はやや年老いており、でなければ、他はほんの子供です。関心を引くひとや真に知性のあるひとは、ここにはひとりもいません。」(1911年9月24日)

自分の知性に見合うひとが周囲にいないことに失望を覚えながらも、モードは地域住民のリーダー的存在として活躍します。婦人会の運営、子供たちへの演劇指導、長老派信者宅の訪問などの合間にペンを持ちました。リースクデール時代に彼女が著した長編小説は、「黄金の道」(1913), 「アンの愛情」(1915), 「アンの夢の家」(1917), 「虹の谷」(1919), 「アンの娘リラ」(1921), 「可愛いエミリー」 (1923), 「エミリーはのぼる」 (1925), 「青い城」(1926)などです。

長編小説以外では、1912年に短編集「アンの友達」、1916年にモードの生前唯一の詩集「夜警」が世にでます。1917年には、自伝「険しい道」を出版。1920年には、モードの出版社である米国ボストンのL.C.ペイジ社が、彼女の許可なくして短編集「アンをめぐる人々」 を出版したことに対して、ペイジ社をあいてどり訴訟を起こします。結果的には、モードはカナダの女性作家として初めて版権に関して勝利をおさめることになりますが、その間心労が絶えず、モードは生涯「アンをめぐる人々」を自分の作品の数には数えませんでした。

リースクデール時代のモードにとって、母親となったことが最大の喜びだといえましょう。1912年に長男チェスター キャメロンが誕生。次男ヒュー アレキサンダー を1914年に死産のあと、翌年三男ユーアン スチュアートが生まれました。

馬車か車でその前を通る度に、モードが胸を痛めていたという、次男の小さなお墓はリースクデールとアックスブリッジの町の間にあります。


次男ヒューのお墓

現在、ウックスブリッジの町が、モードが暮らした牧師館を所有しており、 モンゴメリ博物館とするための寄付 を募っています。また、アックスブリッジ・スコット博物館にはモンゴメリの肖像画やスクラップブックをはじめとするモンゴメリコレクションがあります。

Yukazine

モンゴメリ

P.E.I.

リースクデール

ノーヴァル

トロント

バラ

由佳のホーム

 

Copyright 2001 Yuka Kajihara