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モンゴメリ関連のお問い合わせの中で頻度の高いものを以下に載せています。調べて御答えしますが、もっと情報をお持ちの方は、ぜひyuka@yukazine.comまでお知らせください。
お問い合わせのメールは大歓迎です。その際に、御自分でどこまで追跡調査されたか、例えば、Aという文献ではXXXとあったがBの本にはXXXではないとあった、Cの文献にもあたったが載っていなかった、大学図書館でも調べたが捜せなかったなど、どんな具合にどこまでお調べになったか、どの程度のお応えを必要とされているかを、なるべく具体的に書いてくださると助かります。
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Q 1 モンゴメリがハリファックス時代に暮らした家はどこ?
Q 2 モンゴメリは庭作りが好きでしたが、彼女の庭はどこかに残っていますか?
Q 3 バラでモンゴメリが宿泊した建物について。
Q 4 モンゴメリが働いていた郵便局があるそうですが、これは復元されたものなんですか?
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Q1: 「地球の歩き方、カナダ東部」の98-99年版には、「モンゴメリ下宿跡」として1361 Barrington St.の旧牧師館が紹介されています。 でも、2000−2001年版の443ページには、その同じ建物は下宿跡ではなく、「真相は定かではない」となっていますが、どうしてなんでしょう。 |
A: ただ、モンゴメリが滞在した当時、その建物が牧師館だったなら、彼女が牧師さんを訪ねに行ったことはあったかもしれません。また、立地条件が墓地の斜め前ですから、「アンの青春」の中のアンの下宿先のモデルには、もってこいのような気がします。 それではモンゴメリは、どこに住んだのか。まず、彼女が、ノヴァスコシャ州のハリファックスに暮らした時期は2度あります。 1度目は、1895年9月から翌年4月まで。モンゴメリが20〜21歳の頃です。ハリファックスのダルハウジー大学にて英文学コースを履修するためでした。 このときはHalifax Ladies' College(ハリファックス・レディーズ・カレッジ)での規則ある寮生活を送りました。その後、大学を去る直前に寮の部屋をひきはらって、5 Chestnut Terrace (チェスナット・テラス5番地) に移っています。 ハリファックス・レディーズ・カレッジは現存しません。その跡地には現在アパートが立っています。また、チェスナット・テラス5番地については、当時の地図で探せば見つかる可能性もありますが、わたしはまだ調べていないので、はっきりしたことはわかりません。 2度目のハリファックス滞在で、モンゴメリはデイリーエコー新聞社に勤務します。1901年9月から翌年6月頃まで。日誌1901年11月18日の内容に寄ると、一週間はWomen's Christian Association(おそらくYWCAのような宿泊所)にて過ごし、その後、23 Church Streetの一軒家に越しています。この一軒家は現在もChurch Streetに有りますが、番地が4桁にかわっています。私有地です。(この家屋の写 真は、北米で出版されているLucy Maud Montgomery Albumという分厚い本の158ページに掲載されています。)その後、25 Morris Streetの「大きな灰色の石の家」の3階の部屋に越します。当時の地図を頼りに歩いた限りでは、現在は大きなビルが立っていて、この家は現存してないようです。 |
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Q 2: 結婚後はオンタリオ州のリースクデイル村とノーヴァルに住んだわけですが、彼女の作った庭は、ふたつの村のどこかに残っているのでしょうか? |
残念ながら、どちらの村にも残っておりません。 リースクデールの牧師館は最近修復作業が始まりました。その際、前から残っていた庭の土の中の球根や木々を移動させたようです。建物が一段落したら庭の方も昔のままに蘇らせる予定だそうです。おそらく何年も先のことでしょう。 ノーヴァルでは、現在牧師館にお住まいの牧師さん一家は庭を作ってはおられず、子どもたちの遊具(ブランコ台など)が置いてある芝地です。何年か前に村の有志は、観光客が見学できるようにと牧師館近くにモンゴメリ・ガーデンを作りました。モンゴメリの日誌や昔の写 真などから調べて、彼女の植えた花々を植えています。とれた種を販売もしていたようですよ。夏は美しいのですが、秋、冬と枯れた庭になって寂しいです。訪ねて行かれるのなら、夏がおすすめです。 |
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Q 3: でも、最近買った「赤毛のアン A to Z」という本の156ページには、「モンゴメリが宿泊したインがある。1941年に家事(ママ)で焼け、現在の建物は建て直されたものだ」とありました。 「建て直された」んですか? そうだとしたら、いつですか? |
A: モンゴメリが1922年夏に宿泊したRoselawn Lodge(ローズローン・ロッジ)の建物は、確かに焼失しました。が、当時、同じ敷地内にBala/バラの村人たちが、"the Annex/アネックス"と呼んでいた建物があり、これは奇跡的に火災の難をのがれて残りました。この建物は1903年に建てられた古いものです。95年に、この建物をバラ博物館のハットン夫妻が買い取り、家具や内装を整えて「イン アト ローズローン」としてオープンしました。 「イン アト ローズローン」のホールの高い天井や階段の手すりはオリジナルのままですから、モンゴメリの泊まったRoselawn(ローズローン)を偲ばせ、当時の雰囲気を感じ取ることができます。
(2002年2月13日 記) |
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Q 4: どんな風に復元されたのか知っていたら教えてください。 |
A: Kindred Spiritsメーリングリストに2000年1月31日に投稿されたPEI出身のキャロル・ドブソンさんに寄ると、郵便局があったマクニール家の建物は、1919年頃にジョン伯父さん [モンゴメリの母の兄] によって壊されました。1973年に、カナダ政府が形状や建てられた年代が似かよっていたRocky Pointにあった家を購入し、キャベンディッシュの郵便局として現在の場所に設置しました。 キャロル・ドブソンさんのお友達が、建物設置の手伝いをされたそうです。 今日では、Rocky Pointにあった建物が、観光客用にグリーンゲイブルズ・ポーストオフィスと呼ばれています。復元の経緯の詳細に関しては、PEI州政府観光局にお尋ねになられてはいかがでしょうか。 (2002年4月14日 記) |
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